ゆい人物館
著名人検索

小栗上野介

〔お〕の著名人 落合博満 王貞治
岡倉天心 岡田紅陽 岡本太郎
太田清蔵 尾崎放哉 尾崎咢堂
小栗上野介    

プロフィールバー ◆〔小栗上野介〕のプロフィール。
俗称・筆名 小栗上野介 
本名 小栗上野介 
生誕 1827年(文政10年)
死没 1968年
出身地 江戸駿河台 
最終学歴  
職業  
ジャンル  
活動  
代表作


HOME著名人記念館
地域の達人分野別著名人サイト情報
 
あいうえお
かきくけこ
さしすせそ
たちつてと
なにぬねの
はひふへほ
まみむめも
やゆよ
らりるれろ
わをん  
小栗上野介の顔写真
小栗上野介

 小栗上野介は1827年(文政10年)江戸駿河台に生まれる。江戸末期の勘定奉行、外国奉行を歴任、日米修好通商条約調印のため米国に渡り米国大統領と最初にあった日本人代表3人の1人。帰国の際欧州、アフリカを廻り帰国、初めて世界一周をした日本人でもある。

 先祖は徳川家康譜代の家来で代々当主は「又一」と呼称した、そのいわれは戦いがあると「また一番槍は小栗か」と家康に言われ「又一」と名づけられたという。上野介は直心影流の剣の名手で槍、鉄砲、馬術に長じ、文武両道に通じていた。

 アメリカの製鉄所、造船所等を見学し日本にも造船、鉄鋼所の必要を痛感し、フランスの協力を得て横須賀造船所を新設、日本の工業技術の発展に貢献した。戊辰戦争では主戦論を展開したが入れられず、故郷群馬県権田村(現高崎市倉渕町)に隠棲したが、1968年新政府軍により無実の罪で烏川の辺りで斬首された。享年42歳。

 横須賀のヴェルニー公園には小栗上野介の胸像と造船所の設計者ヴェルニの胸像が並んで立ち、故郷高崎市の菩提寺東善寺にも親友栗本鋤雲と並び銅像が立っている。



inserted by FC2 system